日本社会で出る杭が打たれるのは、「異なる」を「違う」と言ってしまうから説

日本社会では「出る杭は打たれる」って言われますよね。

島国だからとか、民族が単一だからとか、集団で生活してきたからとか、色んな理由があるとは思うんですけど。。。

最近僕気付いたんですよね。

言葉が原因じゃないかと。

そこで注目すべき言葉は、

「異なる」「違う」という言葉。

ではなぜ、この言葉によって、日本社会が出る杭が打たれる社会のままになっているのか、分析してみました。

環境の変化と比べて、言葉の変化のスピードは遅い

時代は変わり、テクノロジーの発達により、人間の環境は変化し続けています。

でも、言葉ってあんまり変わらないですよね。

流行語は生まれども、基本的に会話する言語は変わりません。

たしかに平安時代と比べたら大きな変化はあるかもしれないですが、ここ100年くらいあんまり変わってないんじゃないですか?

環境の変化スピードと比べて、言葉の変化スピードは遅いです。

日本社会で、出る杭が打たれるという風潮があるのは、そこに文化が根付いているから。そして、文化は人間集団が創り出すもの。人間集団がコミュニケーションを取るうえで必要なのは、言葉ですよね。

すなわち、出る杭が打たれる文化は、言葉の影響がかなり大きいはずです。

言葉が変わらなければ、文化は変わりません。

「異なる」と「違う」って言葉、使い分けしてなくない?

では、出る杭が打たれる文化において、注目すべき言葉は何か?

それは、「異なる」「違う」という言葉です。

それぞれ、辞書で引いてみると、

異なる違いがある。別である。

 

違う相違する。一致しない。ある基準からはずれる。また、従わない。そむく。

ここから判断するに、異なるという言葉は、単に違いがあるという意味で、悪い意味ではありません。一方、違う」という言葉は、ネガティブワード多くないですか?一致しないとか、従わないとか、背くとか。これってダメ、✖︎(バツ)って意味になっちゃいますよね。

言葉の使い分けとして、対象に違いがあるときには「異なる」と言えば良い。そして、間違っているときは「違う」と言えば良い。

でも、会話において「異なる」という意味のときも、「違う」って言っちゃいません?

例えば、

A君は金髪だから、他の人と異なる

A君は金髪だから、他の人と違う

って言っちゃいますよね。「異なる」という言葉は、ただ違いがあるという意味なのに、「違う」と置き換えてしまうことで、ネガティブな印象にすり替わってしまいます。

違いがあるということは、別にネガティブな意味ではないのに。。。

英語は「異なる」という言葉が明確

「異なる」は英語で、different」

「違う」は英語で、wrong」

英語では、「different」「wrong」は言い換えること出来ないんですよ。意味違うから。

A has blond hair , so he is different.

 

A has blond hair , so he is wrong.

これ、言い換えできませんからね。

参考書には、「違う」という意味を英訳するとき、「different」にするか、「wrongにするか区別しろと書いてありました。

日本では「違う」で一括りにしてしまう表現を英語では、明確に区別してるんですよね。

これ影響大きくないですか?

「異なる」は 文章言葉

では、「異なる」って言葉を日常で使えば良いじゃないかと思うんですけど、この言葉、文章言葉なんですよね。

書くときに使えますけど、会話のときにあんまり使いません。

してやられましたよ。

今までにない意味の言葉は、生み出せば良いんですけど、元々ある文章言葉を、話し言葉で使うようにするってめちゃくちゃ難しいです。

流行る言葉は、常に新しい言葉です。

元々ある言葉を、流行らせるって難しいんですよ。

「異なる」ことは、ただ違いがあるっていうことだけなのに、「違う」と言ってしまうことで、ダメなこと、間違っていることなどネガティブなイメージがついてしまいます。

言葉によって、「異なる」(違いがある)=「違う」(間違っていること)とすり替えてしまう。よって、日本社会では人とは「異なる」人、つまり出る杭が打たれてしまいます。

なので、出る杭が打たれる文化を終わらせるには、どうにかして「異なる」を会話で使えば良い!

難しいんですけどね。

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