行動なき自問自答は不毛、答えは常に踏み出した先説

行動なき自問自答は不毛だぞ。答えは常に踏み出した先だ。

漫画『宇宙兄弟』の中で出てくる名台詞。

思わずメモしてしまいました。

まさにその通りなんですよ。

なぜこれが、頭では分かっていても実行できないんだろうか?解説していきます。

答えのある問いを考える癖が染み付いてしまった

学生時代は、常に答えのある問いに答えてきました。先生から問題を与えられ、解き方を教わり、答え合わせを繰り返してきましたよね。

そのプロセスが身体に染み付いてしまっているんですよ。

常に問いには答えがあり、答え合わせがすぐに行われるということ。

そして正しいか正しくないか、はっきりと区別される。

◯か×かの世界で生きてきました。

この世界で生きてきたので、常に正解を出そうと、考え始めてしまう。もちろん考えることは大事だが、ついには正解か不正解かを求めてしまって、身動きが出来なくなってしまう。

不正解を恐れてしまう体質が出来上がってしまうんですよね。

特に、不正解を出してしまったときのバッシングはすごい。

テストや受験などは、常に一回きりなので、不正解を出してしまったときに、大きく人生が変わってしまうと錯覚してしまうんです。

大きな問いは一度きり、そして選択は間違えない方が良い。だから考えようと思ってしまうんですよね。

この考え方が染み付いてしまったために、一歩踏み出す。まずは選択してみるってことができなくなってしまいました。

答えは常に一歩踏み出した先にある

自分の生き方に正解はありません。

客観的にこの生き方が正解なんてあるわけないじゃないですか。だったらみんなそうしますよ。

そうじゃないから、みんなそれぞれ違う仕事をして、それぞれの場所に住んで、それぞれのライフスタイルがあるわけじゃないですか。

答えなんてないんですよ。

答えらしいものを探し求めていくんです。

大きな問いに、一度きりの正解か不正解かのテストを受けるんじゃなくて、大きな問いに、何度も答えて、自分なりの正解を見つけていくんです。

そのためには、行動しかありません。

考えてたら、それは止まっているのと同じ。

常に一歩前に答えは隠れているはず。

一歩踏み出して、これじゃないなと思ったら、また別の一歩を踏み出せば良い。

これじゃないなと思うことも大事。だって一つの真っ暗だった世界が明るくなるんだから。

何でもやってみなきゃ分からないじゃないですか?

この世の真理ですよ。

答えは常に踏み出した先。

行動なき自問自答は不問。

踏み出そう。

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