7年間の大学生活を経て、私がスロベニアで日本食レストランを作る理由 ジャッキー

生誕

1992年4月2日

出身

 日本 京都府

出身校

京都府立山城高等学校

立命館大学 文学部 地理学専攻

職業

日本食レストラン料理長(予定)

新宿のゴールデン街で仲良くなったジャッキー。彼は世界一周やオーストラリアでの生活などで7年間の大学生活を過ごしたあと、今はアパレル製造会社でギャルの服を作っている。聞くところによると、これからスロベニアで日本食レストランを作るみたい。確かに英語はペラペラだし、料理の腕前もすごいけど、どうしてそういう人生を歩んできたのか気になる。。。ということで、今回じっくり聞いてみました!

ジャッキー(本名:野崎 雄)1992年京都府生まれ。立命館大学卒業後、アパレル製造会社に入社。新宿ゴールデン街で出会ったモニカと共に、スロベニアで日本食レストランを開く予定。

地理とファッションが好きだった

小さい頃から海外に行ったことはないけど、世界は広いと漠然と思っていた。

ー小さい頃は、どんな人でした?

昔からずっと地図が好きで、家のトイレに世界地図が貼ってあって、うんこしながら地図の中でずっと旅行をしてました。だから、小さい頃からずっと地理が好きで、成績が良かったのも地理でしたね。高2のときには、ファッションが好きになって、周りのファッション好きの人と遊ぶようになりました。でも、そういう人達って見ている視野がなんか狭かったんです。一方で、知り合いの知識をたくさん持っている大学生の方が見てる目線が遠いことを知って、大学に行った方が面白いなって思いました。

だから、知識を持っている人が多い偏差値の高い大学で、自分の好きなことを突き詰めるために地理学科に進むことに決めました。

(高校生の頃から、自分の好きなことにまっすぐだなあ。。。)

大学入学後、世界一周へ

大学1年生の終わりに世界一周の旅に向かうジャッキー。なぜかホワイトボードを持参。

ー大学入学後はどういう学生生活でした?

大学に入学したあとは、ちょっと視点が一つ違う留学生に出会って、漠然と海外に行きたいと思うようになりました。学問としての地理が好きというわけじゃなかったんです。そんなときにちょうど友人に誘われて、大学1年のときに世界一周の旅に行きました。

でも、世界一周したときに、自分が思いのほか英語ができないということに気づいたんです。自分の言いたいことを英語で言えない。ある程度相手の言っていることが分かっていても、自分は話せない。イスタンブールでクロアチアのおじさんと政治の話をしたときに、話にならなくて向こうに飽きられて、すごい悔しい思いもしました。

それから日本に戻ってきても特に何をするわけでもなくて、結局英語力は上がらないまま。そんな自分に嫌気がさして、大学3年の終わりに友人に誘われてオーストラリアに行くことにしたんです。そのときにあったお金は10万円しかなかったんですけど。

(オーストラリアへの片道航空券が5万円で保険が11万円。だから10万円じゃ足りないからとりあえず保険はかけずに行ったんだと。。まあなんとかなるね🤔

英語を話せるようになりたい

英語を話せるように、常に周りにいる人は外国人にしていたジャッキー(写真右)

オーストラリアでの目的は、英語を話せるようになること。だから、常に周りにいる人たちは気の合う外国人だけにしました。その結果、英語を上手く話せるようになって、自分のなりたい姿に近づいたんです。でも、今度は自分の英語力が足りなくて、大人数相手に笑わせられないことに気づきました。これは、文法ではなくて、会話のリズムやジョーク、話の間やボキャブラリー、外国人のノリが分からないからです。私は人を笑わすことが好きだったので、そんな自分にモヤモヤしていました。じゃあ今度は、英語でみんなを笑わせようと、もう一年休学してそのままオーストラリアに残りました。もちろんリスクはあったんですが、絶対後悔するなと思ったんです。

英語で外国人を笑わせたい

場の空気をつかんでいるジャッキー(写真中央)

オーストラリアでの2年目の目標は、英語でみんなを笑わせること。だから、面白い人たちがどういう風に話すのか、どういうボキャブラリーを持っているのかを考えてました。そしたら、海外生活3年目には大人数の外国人を笑わせるようにもなりました。「お前は面白い。日本人でここまで面白いやつ見たことない。」って言われるようにもなりましたね。でも、そういう状態になったは良いものの、芸人になりたいわけでもないんです。ただ、3年間の海外生活の間に副産物として、他の人には持っていないものを持つようになりました。例えば、海外の人がどういう料理が好きかという感覚と、海外にある乏しい食材で日本の美味しい食事を作るスキルです。

(この時点で同級生はすでに卒業していて、不安はあったけど全く後悔してないとのこと😮確かに貴重な経験をしてるもんね。)

海外で本物の日本食レストランを作りたい

ジャッキーが作ったカルパッチョ。見た目もきれい。

日本にいるときにアルバイトとして、週6で親父がやっている飲食店で料理をしていたんです。料理を作ることが好きになって、海外でも現地の食材を使って、自分でできる最大限の日本食料理を作っていました。イタリアンの3つ星シェフの友人から「こんなに日本食が美味しいのか」と言われたくらいです。じゃあ、今までの海外生活で得た感覚や料理のスキルを活かして、いつかは海外で本物の日本食レストランをやろうと。元々、本物とかけ離れている日本食やインド料理のレストランが流行っているのがなんとなく嫌だったんです。これは自分が生まれ育ったのが京都だからというのもあると思います。ある意味、日本文化の中心で育ったので、本物の舞妓さんや、割烹を知っていました。だから、「これが日本食だ」と言われてチヤホヤされているのが嫌なんですよね。この海外生活で培った「海外で本物の日本食レストランを作る」という思いが、今の自分に大きなきっかけを与えてくれます。

(ジャッキーの料理は本当に絶品なのでぜひ食べてみて欲しい😋)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です