優しい社会は「同じ」と「異なる」の繰り返しで作られる説

「みんな同じ人間だ。」

という台詞と

「みんな人それぞれだ。」

という台詞がある。

一方は、人間は「同じ」だと言っているが、一方は人間は「異なる」という意味。

正反対ですよね。でもどちらも優しい言葉。

この「同じ」と「異なる」の発見を通じて、優しい社会は創造されていくのだと感じます。

よく分からないと思うので、詳しく解説していきますね。

「異なる」の発見

まずは、人と人が「異なる」ことは、どのようにして発見していくのか。

それは、他者と自分を分けることから始まります。異なる年齢、性別、見た目、出身地など、様々な他者と交流していくことで、「違い」が明らかになっていきますよね。

もしあなたが、小さい村の中で生き続けていたら「違い」を発見する総量は減るはずです。

肌の色が異なる人間や、異なる言葉を話す人間、異なる生活をする人間を知る機会が無いからです。

広い世界に出て、「違い」を発見していくことで、「違いの総量」はどんどん増えていくはず。

この「違い」を点で例えてみましょう。「ああ、こんな考え方の人がいるんだ」「こういう境遇の人がいるんだ」という「違い」の発見をすることで、点の数は増えていきます。

この点の数に応じて、自分と他者との異質性、人と人は「異なる」ということが分かるようになります。

「同じ」の発見

今度は、「同じ」はどのようにして発見していくのでしょうか。

さっきとは反対に、自分と他者を同一化することからはじまります。性別や年齢は違えど、同じ苦しみを味わったり、同じ喜びを分かち合ったりすることで、他者と自分の「同じ」部分が増えてくる。

もしあなたが、小さい村の中で生き続けたら、先程と同様に「同じ」を発見する機会が減ってしまう。

見た目や言語や生活様式が異なるものでも、同じ気持ちや考え方を持っているんだなと感じる機会が無いからです。

広い世界に出てみて、全く違う文化や価値観を持つ他者と思いがけない「同じ」部分を発見することで、今度は「同じ」を発見する機会がどんどん増えていく。

今度は、「同じ部分」を線で例えましょう。「結局のところ、同じように感じるんだな」「同じような体験をしているんだな」という「同じ」の発見をすることで、異なる点と点を結ぶ「同じ」の線が増えてきます。

「異なる」点を発見し、「同じ」を線で結びつくことで、より他者のことが、そして人間のことが分かるようになっていきます。

点と線で、人間をクリアに見ることが出来る。

テレビやスマホの画面は、画素で出来ていますよね。

画素と画素が線のように結びついて、かたちが現れてくる。

かたちは、点と線で生まれてくるんですよね。

画素数は多くなればなるほど、光線が細やかになればなるほど、かたちはより鮮明に映ります。

「異なる」点と「同じ」線の量が増えれば、より人間のことが分かるようになるということは、より人間をクリアに見ることが出来るとも言えるでしょう。

この人間のビジョンが鮮やかになればなるほど、人間が住む社会は、より生きやすくなるのではないかと思うんです。

異なる国同士でも、違いを認めて、同じ人間だという思いがあれば、戦争は無くなる。

異なる価値観、異なる生き方を発見し、認め合い、そして同じ部分を発見して、手と手を結んでいく。

このようにして、多様な人間のあり方を尊重する、生きやすくて優しい社会が創造されてきたのでしょう。

人間はそれぞれ異なる。そして、人間はみんな同じ。

この考え方で、異なる点を増やし、同じ線を結びつけることで、人間を理解することが出来ます。

人間のあり方をよりクリアに見ることで、人類は誰もが生きやすい社会を創造していったのです。

とゆうことで、人間の「同じ」と「異なる」を発見して、より良い社会をこれからも作っていきましょう!

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