当時、一生懸命作った中学生のときのメアドは、どうして恥ずかしいものになってしまうのか

中学生のときのメールアドレスを覚えているだろうか?

そもそもメールアドレスなんて、中学生のときには持っていない。メールではなくLINEだから、アドレスはあんまり覚えてない。

などといった発言は今回は完全無視。ムシ。ムシキング。

私と同世代に生きる、中学生のメアド恥ずかしかった世代と内輪で共有したい。申し訳ない。どうしてもこの話がしたい。。この話は私たち世代にとって鉄板で必ず盛り上がる最強のコンテンツなのだ。

もちろん高校生のときのメールアドレスでも可。中学生と高校生でメールアドレスの作り方はあんまり変わらない。

soccer-love@docomo.ne.jp

xxexilexx1211@ezweb.ne.jp

などなど、こんな感じのメールアドレスに溢れていた。

しかし、当時は一生懸命に作ったものであったにも関わらず、歳をとってしまうと、あまりの恥ずかしさに笑ってしまう。

それでは、なぜこんなに恥ずかしいのか?あれだけ真剣に考えたにも関わらず、どうして笑われてしまうのか?長年の疑問を検証してみよう。

中学生メアド作成方法の分類

なぜ恥ずかしくなってしまうのかという疑問の前に、まずは中学生メアド方法を分類していく。

①名前・誕生日型

例:kazuhiro0211@docomo.ne.jp

ただ名前と誕生日を組み合わせるという無味乾燥なメールアドレス中学生という多感な時期に、何万通りもの選択肢があるなかで、己の名前と生まれた年月日を連ねるだけというのは、すでに悟りの境地に達しているに違いない。リトル・ブッダ。違った視点で見ると、社会人になると大体のメールアドレスが名前のみになるため、このタイプのアドレスを中学生のときにすでに作っているということは、サラリーマンの才能がある。企業戦士の申し子。前世はサラリーマン金太郎。このタイプの中学生が影響を受けている漫画は、「島耕作」シリーズだろう。画一的な個人を大量に育てあげることで、国家の生産性を向上させようとする教育機関の立場からしたら、模範的なメールアドレスでもある。

②好き型

例:soccer-love@ezweb.ne.jp

自分の好きなものを連ねるメールアドレス。loveというあからさまな表現をしてしまう場合もある。ジョン・レノンも驚くストレートさ加減。いつかラブアンドピースを呟くときが来るはずだ。このタイプのアドレスは、スポーツ、芸能人、アーティストなど好きな対象が様々に及ぶ。稀に当時の彼女や彼氏の名前を入れてしまうタイプのアドレスがあるが、これは好き型の亜種。時々出てくる。ほとんど別れるのですぐに変更されるのが特徴だ。

③関連型

例:oz.m17.tc@i.softbank.jp

自分のアイデンティティーに関連する何かを連ねるメールアドレス単純に好きなものではなく、尊敬する人や印象的な出来事など、個人に関連することをアルファベットに表出している。友人から「これはどういう意味なの?」と問われることが多く、大体の人はその意味を隠す。

隠と陽の2つのスタイル

先ほど記載した分類だけでは、中学生のメアドは語れない。前項は、表記する対象の違いを分類したが、表記のスタイルも分類が出来る。「書くもの」の違いと、「書き方」の違いもある。今項では、「書き方」の分類を試みる。

①陽スタイル

例:kazuhiro0211@docomo.ne.jp

例: soccer-love@ezweb.ne.jp

記載する対象を明らかにするスタイル。意味や内容を読み取ることができるメールアドレスのスタイルだ。対象が明らかになっている特徴を踏まえて、「陽」スタイルと名付ける。このスタイルでメアドを書く中学生は陽キャラか、ただシンプルに落ち着いている中学生だ。

②隠スタイル

例: oz.m17.tc@i.softbank.jp

例: ssr58.re@docomo.ne.jp

記載する対象を隠すスタイル。何を記載しているのか、周りには理解できない。自分だけが意味や内容を理解できるスタイル。アイデンティティーを確立し、自分中心の世界を構築しようとする中学生らしさがこのスタイルに現れる。このスタイルは、「陽」と対称して「隠」と名付ける。

③陽隠スタイル

例:f.torres.ejn.6@ezweb.jp

対象を明らかにする「陽」と、対象を隠す「隠」を合わせたスタイル。ただそれだけ。

中学生のアドレスは、「何を書くか」と「どう書くか」によって分類される。その二つの組み合わせによって様々なメールアドレスが生み出される。例えば、書く対象はsoccerやexileなど好きなものを書く「好き型」、そして書き方は、「陽」スタイルの場合、「好き型・陽スタイル」になる。

soccer-love@ezweb.ne.jpは、「好き型・陽スタイル」だ。

表現の初心者が作り出す、鮮やかな多様性

中学生メアドは、「書くもの」と「書き方」によって様々な多様性が生まれる。中学生は、個人を確立し、自分らしさを探しに行く道程にいる。両親が働いたお金で購入され、初めて使う携帯電話によって与えられるメールアドレスは、自分を表現するための一つのツールだ。そんな表現の初心者とも言える中学生は、そのツールを使って自分らしさを荒々しく表現していく。自分の好きなものや、自分を構成する体験や物語、なんだっていい。あらゆる表現ができる数文字のアルファベットの連なりは、鮮やかな多様性を生み出す。

ちなみに筆者の中学生のときのメールアドレスは、

ssr58.re@〇〇.ne.jp

だった気がする。ssrというのは「精神力」を略したもの。58は、何を意味していたのかは全く覚えていない。精神力を日本語でそのままssrと略すという中学生らしさを覗かせるめちゃくちゃ恥ずかしいメールアドレスだ。当時の拙い英語力では、精神力を英語に翻訳することが出来なかったのであろう。もちろん当時もGoogleがあったにもかかわらず、そのまま日本語でssrと記載していた。どストレートに日本語をアルファベットに略すというワイルドさを、私はどこにやってしまったのであろうか。26歳になる前に、どこかに置いてきてしまったのか。ちなみに、なぜ精神力というワードを入れたかというと、当時『ジョジョの奇妙な冒険』にかなりの影響を受けていて、ジョジョのキーワードなる精神力というものに、強く惹かれていたからだ。熟考の末、「精神力」をssrに略して、そのままメールアドレスに設定するとは、かわいらしいセンスだ。

中学生メアドよ 君は恥ずかしがらなくて良い

それでは、中学生のメアドはなぜ、ここまで恥ずかしいのか?

それは、大人になるとあからさまな自己表現をしなくなるからなのではないだろうか。

単純に〇〇が好きだとか、××が自分に関連するとか、あまり表現をしなくなるのが大人だ。ファッションもそう。昔は好きなアニメのTシャツを好き好んで着ていたはずだが、今ではあからさまなファッションは避けられる。26歳のいい大人が、いまだにカクレンジャーが描かれたTシャツを着ていたら、相当な変質者とみなされるに違いない。たしかに、26歳の成人男性がメールアドレスにssrを入れて、これは精神力という意味なんですよと言ったもんなら、周囲は引きまくるはずだ。

いや、がしかし。

それでも別に良いじゃないか。

たしかに拙い表現であっても、それで良いじゃないか。

別に良いじゃないか。自分を自由に表現しても。

何が恥ずかしいんだ。それで良いじゃないか。小さくまとまるな。そのままで良い。無理に隠さなくて良い。今はそんな時代になったのではないか?

表現したいという思いに、上手い、下手は別に関係なくないか?評論家なのか?君は?評論してどうするんだ?

君の身体や顔はありのままだ。ありのまま世界に表現しているだろうが。たしかにヒゲを剃ったり、髪を整えたり、何かしら整える部分はあるが、ベースはそのままだ。

「私はこう表現しようとした」という思いはバカにされるものではないだろうよ。

拙い表現だといって笑ってどうする?

当時熱心に考えて表現しようとした姿勢は笑われるものなのか?

一生懸命考えて表現したんだ。笑ってどうするよ。それで良いじゃないか。

いつか、時代は変わって、中学生のメールアドレスを恥ずかしがる大人はいなくなるだろう。

「そういえば中学生のメールアドレスは、こういうものだったんだよ。」

「あら素敵じゃない。あなたのパーソナリティーはこういうことに紐づいているのね。」

こんな会話が土日の昼下がりのカフェで交わされる。

「あなたの、中学生のときのメールアドレスは何ですか?」

就職活動で、こんな質問があったって良い。

人にバカにされるような恥ずかしいことが、次の世代には当たり前のこととなる。中学生のメールアドレスの話題は、笑われるものではなく、いつか一般的になるだろう。

中学生メアドが、明日のスタンダードになることを願う。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です