新しいものを批判している人には、君のスマホは新しいことに興味を持った人が作ったんだぞと言いたい

僕は最近、哲学、宗教、量子力学、運命、コミュニティ、オンラインサロンなどのワードに敏感に反応する。

すると、僕の友人たち、特に高校時代の友人らは、なんか怖いなと言う。

確かに、哲学や宗教などは一般的に何か怖いもの、危険ななにかを感じさせる。そして、オンラインサロンやコミュニティなど、今の若い世代たちに流行しているものは、なんか宗教っぽいなどと揶揄される。そして、怖れられる。

でもふと思案する。

新しくて異質なものって大体怖くない?

でも人間っていつの日かそれを克服して、一般的なものにならないか?

人間はその時代の超常現象を、理論化して、通常現象に置き換えてきた歴史がある。

超常現象(=怖いもの)を説明できるようにして、通常現象(=怖くないもの)にして、社会に広めてきた。

例えば、雷。

雷はやっぱり怖い。シンプルに怖い。それが特に原始時代だったらもっと怖いはずだ。何が何だか分からないからだ。

でも、そのなかでも怖れずに、誰かが立ち向かった。そして研究を重ねてきた結果、電気というものを生み出したような気がする。

雷(超常現象)を、電気という理論を展開し、電気(通常現象、コントロールできる現象)を利用して社会に広めていった。

君のスマホが光を放っているのは、雷を怖れずに立ち向かった人間のおかげだ。

確かに怖いよ。超常現象は。

例えば、原始時代に、ソーラーパネルを設置して、テレビに電力繋げて流したら、めちゃくちゃ怖いだろうよ。

それと一緒だ。

未知なるもの、オカルト的なもの、新しくて異質なものは、怖れる。

ほとんどの人が怖れるから人類は、生き延びれたのかもしれない。

でも、文明は恐れなかった人が生み出したのだ。

だからはっきり言う。

君が怖れる、新しくて異質なものを批判する人は、雷を怖れずに電気を発明してスマホを作り出した人なのだと。

それだけは知っておいてほしいなと思いました。

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