なぜ人は、質問タイムのときに手を挙げられないのか

はい質問ある人ー?

って言われたとき、手上がらなすぎじゃない???

この現象よくありますよね。

ノークエスチョン現象と名付けましょうか。

略してNQ現象

学生時代から今まで数々の授業や講演を聞いてきましたが、毎回毎度絶対にこのNQ現象が起こってました。

その場でスピーカーからの質問ありますか?の問いかけに対して聴講者のほとんどが手を挙げるなんて状況未だかつて無かったのでは??

なんて思う今日この頃。

ではなぜこのNQ現象が起こるのか、分析してみました。

【なぜ人は、質問タイムのときに手を挙げられないのか】

質問とは何か

ではまず、質問とは何なのか考えてみましょう。

それは、答えを求めることですよね。

答えを知りたいので、人は質問をするわけです。

そのため、質問は必ず何かしらの答えが返ってくる問いを用意しなければなりません。

問いを用意するには、議題が必要になってきます。

とりあえず質問してなんて言われても、質問なんか出来ないっすよね。

まずは、議題が必要。そして答えを求める問いを用意することが必要なわけです。

さらにこの議題について理解をして、自ら考える必要がありますよね。頭の中で議題を考えることで、これってどういうことなんだろう?ではこういう場合はどうするんだろう?と言った、議題によって生じる空白を埋めるために、問いが生まれるわけです。

議題を捉える→思考する→問いを見つける→手を挙げる

という順番な訳なんですよね。

このプロセスにおいて何らかの障害があった際には、問いは生まれずに、手が挙がらないというわけです。

でも、誰もが聞き入るような名授業や講演だったら、全員がこのプロセスを潜り抜けるってことはあり得ますよね。

でもなぜか手が挙がらない。

それはなぜなのか、次で解説していきます。

集団では手を挙げづらい。

もうほんとこれ。これが究極ですよね。

集団では手を挙げづらいんですよ。

多分ペーパーに疑問点を書いてくださいって言ったら、ほとんどの人が質問を書くケースっていっぱいあるんじゃないんですか?

でも、講演中に手を挙げて、みんなの前で質問を発表するということにハードルがあるわけですよ。

ここにNQ現象の本質が隠れています。

ではなぜ集団のなかでは手を挙げづらいのでしょうか。

私がこの前、小学校に行ったとき、驚くほど小学生が手を挙げていることに気が付きました。

子どもの頃って実は手を挙げてたんですよ。多分。

でも、全然手を挙げなくなった。ここに問題がありますよね。それはなぜか?

他者を意識するからですよ。

これ聞いて良いのかな?馬鹿だと思われないかな?なんか恥ずかしいな?みんなこれすでに知ってることかな?ああもぅ恥ずいよおお

みたいな感じで。

でもさ、誰かが別に質問してもなんも思わなくないすか??

へー

ふーん

なるほどー

みないな感じで、なんだその質問って思うことあんまりなくないすか?

てか、別に思ったとしても、面と向かって何あの質問、馬鹿なんですか?なんて言われること無いっすよね。

別に良くね?

ところがどっこいのすけ、何故か他者を意識しすぎてしまって手を挙げなくなった方々、手挙げようぜ。

別にみんなそこまで気にしてねえから。

人間は社会的な動物ですし、組織に混ざって生きていくから他者を意識せざるを得ないんですけど、ときには意識をそこまで持たなくて良いことってあるじゃないすか。

結局、私は、私たちでは無いんですから。

1人なんですから。

気にしすぎてもしょうがなく無いっすか??

一人でトイレ行くし、一人でご飯食べるし、一人で寝るし、一人で勉強するし、一人でスマホいじるし。。

一人の時間多いじゃないすか?

だったら、他者を傷つけなければ、そこまで他者を気にし過ぎなくても良くないすかね?

あなたの心のNQ現象、撲滅しましょうよ。

てか、なんだよNQ現象って

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