私が藝大を卒業して、子供の教育を変えたいと思った理由 藤ノ木拓磨

生誕

1993年6月2日

出身

 日本 埼玉県

出身校

埼玉県立伊奈学園総合高等学校

東京藝術大学 油画

職業

アートスクール運営

芸術を学んだ先にどのような将来があるのか?絵を描くのか、それともデザイナーになるのか?アーティストになって、自分の好きな道に進んで作品を作り上げることなんて、一握りの人しかいない。そんなイメージをみんな持っているはず。じゃあ芸術系大学を卒業した人たちはみんなどんな仕事につくの?そこで今回は、東京芸術大学を卒業後、従来の美術教室とは違った、遊び場としての空間を兼ね備えた新しいアートスクールを立ち上げた藤ノ木さんに取材しました。今までの生い立ちと、事業を立ち上げた経緯、そして芸術を学んだ学生に向けたメッセージを聞いてみました!

藤ノ木拓磨(ふじのき たくま)1993年生まれ。東京藝術大学在学中に、埼玉県越谷市のアートスクール「ガモウスタジオ」を立ち上げる。大学卒業後は、「美術教室」×「学習塾」×「遊び場」を融合した、新しい形のアートスクール「スタジオパパパ」を開業。幼児から大人までを対象に、「常識」や「決まりごと」にとらわれない美術・アートを通し、クリエイティブ体験の機会を与えている。2019年には、芸大生や美大生のロールモデルを提示する一問一答形式のインタヴューサイト「芸大・美大生の生き方ポートフォリオ」を立ち上げた。

【スタジオパパパ 公式HP】

https://www.studio-papapa.com/

【芸大・美大生の生き方ポートフォリオ】

http://geidaibidai.com/

小さい頃は遊んでばかりだった

小さい頃は相当やんちゃしてたみたい。

ー小さい頃どんな人でした?

中学生のときに親が離婚して、親が帰ってこないので外で火遊びしてましたね。ビーフジャーキーを焼いたり、ガムを焼いたり、競技場に忍び込んでサッカーをしたりしてました笑

ーいつ頃美術に興味を持ったんですか?

高校生で美術に興味を持ちましたね。中3の頃に学校に行かなくなって、家で映画を見たり、本を読んだりしていて、それにも飽きたときに川柳を書いてたんですよ。川柳をノートに書き連ねて、川柳を書いていると頭の中に情景が思い浮かぶので、その情景を絵として描いていました。その絵をたまたま学校の先生に見られて、君は「平成のピカソだ」って言われたのがきっかけですね。

(良い先生だなあ。)

ー絵を描く楽しさって何ですか?

友達と遊ぶときって、友達との関係で遊びますけど、絵はもう一人の自分と遊ぶ感覚なんです。日頃考えていることとか、思っていることとか、あんまり普段表に出さないじゃないですか。そこで、心の奥底にあるようなしょうもないことを言葉や絵にも出来て、それを自分で確認して面白がるのが、新しい遊びだなって思ったんですよ。最初は自分の頭の引き出しの奥底にあるホコリを掻き集めて、白い紙にポンっと投げた感じでしたね。

自分は藝大に行くべきだと決めていた

埼玉の美術コースがある高校に入学後、大学受験では、東京藝術大学を第一志望に選ぶ

ー大学受験はどういう風に選んだんですか?

高校1年生のときに、東京藝大を第一志望にしました。なぜ目指したかっていうと一番すげえからです笑 藝大がトップだから、俺はトップに行くと思って藝大を目指してました。現役では落ちてしまって浪人したんですけど、どうしても行きたかったんですよ。藝大に自分が行くべきだと決めてたんです。そこに深い理由は無かったですね。思い込みです。

(思い込みってすごいよね。本当に実現するためのパワーを与えてくれる。

大学在学中に美術教室を開く

大学在学中に、ビジネスの経験はあったそう

大学1年生から埼玉の越谷で美術教室を立ち上げてやってたんですよ。藝大は年間で3分の1がお休みだから、アトリエが使えないんです。だから、都内で100人くらいが集まる美大生が集まるスタジオを作ろうと思ったんですよ。スタジオを借りるには家賃がかかるので、美術教室をやって、その収益を家賃に回そうと思ったんですよね。そしたら知り合いの知り合いから、建築家を紹介してくれて、その建築家が作る新しい集合住宅で、スタジオで美術教室をやる企画が通ったんです。そこで3年ほど美術教室やって色々と見えたことがあったんですよね。それが、子供の環境のことでした。

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