将来の夢はなくてもいい 東大から起業、戦略コンサルに進む私が目標設定を否定する理由 Y.K

生誕

1993年8月20日

出身

 日本 千葉県

出身校

筑波大学附属駒場高等学校

東京大学 理科一類 農学部

東京大学大学院 農学生命科学研究科

職業

コンサルタント(7月から)

今回は、筑駒から東大に進学し、学生時代に起業、そして外資系戦略コンサルティングファームでの就職が決まっているKさんに取材しました。誰もが羨むエリートコースを進んできたKさんは、目標や夢なんて決めなくていいと気づいたという。今回はその真意に迫ります。

将来の夢なんてなくてもいい

ー将来の夢は何ですか?

そんなものはなくてもいいことに気づきました。

小さい時から必ず聞かれるこの質問が私たちの人生を、「夢」の「良し悪し」によって縛ってしまっていることに気づきました。「良い」も「悪い」もないんです。自分がどういうことができたらすごいという軸は必要ないんです。その評価軸は周りとの比較によって出来た軸ですよね。なにが「良い」夢で、なにが「悪い」「くだらない」人生だなんてどうやって決めつけることができるんでしょうか?

この比較軸で測定可能なものはないです。例えば、頭が良くなりたいと思っても、頭の良し悪しにも色んな尺度があります。計算ができても文章構成できないとか、文章構成ができても計算できないとか。学校のテストは、点数という特定のベクトルに落とした射影に過ぎません。「本当の自分」を測定して、他者と比べることはできないのです。

つまり、テスト結果で分かるのは、「頭の良さ」ではなく、無理やり他の人と比べられるように整形したデータを引っ張ってきて並べただけのものです。頭が良くなりたいと思っても、自分が求める「頭の良さ」は、テスト結果や資格、周りからの評価から持ってこれません。どんな評価軸もそれが正しいものだと判断することはできない。外部から所与のものとして絶対だと思っている評価軸は、自分自身でそういったものがあると思い込んでいる幻想にすぎないのです。

「お金持ちが良い」は、突き詰めると、お金がない自分は認められないからです。
「頭が良い方が良い」は、頭がよければ自尊心が満たされるような気がするからです。

全ては結局、自分自身にしか矢印が向いていない。「どうやったら自分自身を認められるか?」そんな内向きの発想から生まれた「社会ではこう評価されている」という幻想が私たちを縛り付けている。

同じような幻想の軸として、時間軸もあります。これは、未来の自分のあるべき姿をもとに出てきた軸。未来のあるべき自分から逆算して、今の自分がどうあるべきかを示すための軸です。

でも未来を考えるなんておこがましくないですか?それに未来の自分がどう考えるかなんて分かるはずがない。測定可能ではありません。自分が受け止めて感じることができるのは「今、現在」だけです。

一見すると測定可能そうな評価軸と時間軸で作られた夢や目標、将来の夢って一生叶えることができないまま無限に続きます。何か目標を立てて、その目標が叶ったら、その次の目標へと駆り立てられていく運命にある。

例えば、100兆円ぐらいの企業を作りたいとします。達成したら、次は200兆円、1000兆円ってその先って永遠に満たされないじゃないですか?極論それは全て同じ。永遠に満たされないし、自分は他の人より何かが足らないなと思っていたら、生きるのがつらいじゃないですか。永遠に自分が生きていることを認められない。

なぜつらいのか?
自分が生きていることの意味や価値を外部評価によって裏付けようとしているからです。

そうじゃない。
私は今、「あるがままの私」でそれで好い。

自分の凸も凹も好いじゃないかと思う。生きていて好いと思う。最高に生きていて好いと思う。すると、あるがままの私は、すなわちすべてで、すべてが私、私は宇宙で神で、神や宇宙ってつまり自分のことなんだと、すべては1つだったことを悟るんです。

すべてが1つならば、そこに比較はない。
過去も、未来もない。

あるのは「今」だけなんです。

いまの心のビーコンを頼りにする

「ビーコン」とは何かを誘導したり、信号を送ったりするものを指す言葉。灯台や狼煙(のろし)という意味があり、現在はBluetoothを使った情報収集・発信サービスの意味でよく使われている。

ー軸が無い状態で、どう生きれば良いんですか?

分かる唯一の指標は、いま気持ち良いかどうか。それしか分からないじゃないですか?自分の状態に関して。例えると、ビーコンです。気持ち良くなったときに音がピッピって上がる。気持ち良くなかったら下がる。どっちの方向に行けば気持ち良いかよく分からないですが、ちょっとずつ方向とか距離とかずらしてみて、最適なスイートスポットに向かっていく。ビーコンのみを頼りに合わせていくんです。

いますごく気持ち良いことをしていたら、結果すごい偉い人になるかもしれないし、すごいことをするかもしれない。でもそれは私の人生、キャラクター、生き方をそのままを伸ばした結果そうなるだけで、未来のどの点でどうなるかは分かりません。

何かの目標を設定をして、その目標を達成することが好きなら、目標を決めたって良い。それは未来のための目標じゃなくて、いまを気持ちよく生きるための目標だからです。少なくとも私はそう。自分は今はそういうタイプだから、未来のためというよりかは、自己成長していく自分が好きだから、5年後、10年後の目標は一応立てています。

でもそうならなければならないわけではなくて、そうなりたいと思っているだけです。3年5年の区切りのときにチャンスがあればそのときの自分に導かれるまま何やっても良いです。こうしなければ「ならない」とかは特にない。

将来の夢は、今ワクワクするためにあるのであって、将来の夢を叶えるために今があるわけじゃない。いま未来を考えるのが好きだから考えるのと、未来をこうならなければならないと思って自分を合わせていくのは全く違う。

未来のために今があるのでなく、今のために未来があるんです。

小さいころの夢は軍人、21世紀で言うと起業家?

東京大学在学中にアイスホッケー関連事業の会社を起業する。

ー小さい頃の夢は何だったんですか?

歴史の教科書に太字で載ることでしたね。太字になるには政治家か軍人になるしかないですが、今の時代だと軍人にはなれないので、21世紀的に言うと起業家なのかなと思ってました。木戸孝允や西郷隆盛、坂本龍馬などの幕末の志士も、全員起業家ですよね。ある意味。

ー大学在学中に起業したのはなぜ?

アイスホッケー部に所属していたんですけど、なんで選手にもなるわけじゃないのに部活をやるのか?そこに理由が欲しかったんです。自分なりに考えた解決は、今後の人生の広いフィールドで問題解決をしていくための訓練をしようということ。

どんなコミュニティーや社会に関しても、問題解決の仕方は一緒だと思います。アイスホッケーでもサッカーでも。政治でもヘルスケアでも。登場人物の名前のラベルが変わっているだけで、問題の構造が違うことはほぼ無いです。

アイスホッケーのようなこんなに小さいフィールドがあるんだから、そこを変えることをやってみて学んでみて、今後の人生の広いフィールドに当てはめるための訓練にしていました。狭いからできるし、そんなに大火傷しないですし。

自分のビーコンが鳴っていない

アイスホッケーだけではなくスポーツ全体の中での事業を作るため、スポーツ関連事業を行う会社を起業。3年間CEOを務めていたが、2019年に退社。

ーなぜ会社を辞めてしまったのですか?

一貫性にこだわりすぎていたんだと思います。自分がこの事業をやる理由にナイーブになりすぎていました。アイスホッケーをやっていたから、スポーツ事業をずっとやっていましたけど、一貫性のある自分に向き合いきれませんでした。「自分はこうあるべきだ」という理想像を実現するために、こう感じなければならないと自分の感じ方を強制していた。

でも、段々と無意識の部分で分離していく。これ実はやりたくないんだけどっていう自分が生まれていく。それから「果たして自分が思っている自分は本当の自分なのか?」と疑問を持つようになっていったんです。

「好きだからやっている」って実はすごく危険かもしれないですよね。DV男から別れられない女の防衛機制と同じ。めっちゃ辛くてもやってるのは「好きだから」なんだって思い込もうとする。離れられない状態を正当化するために「好き」の幻想を抱いているだけなのに。

それが会社を辞めるタイミングで色々あって、気づきました。会社を辞めたのは全然別の理由で、それはすべて私が悪いです。でも結果気づけたことはとても多かった。迷惑かけた人も多いけれど感謝しかないです。

さっきのビーコンの話に戻ると、スイートスポットをちょっとずつ探っていくと、直近の極大値に収斂してしまう傾向にあるんですけど、本当のスイートスポットというか極大値はもっと全然違う場所にあるかもしれない。

だから、もっとぶっ壊れるくらい色んなことをして、色んな自分を探してみると、思っても見なかった所に今の自分が輝く場所があるのかもしれないと思います。だから、色んな自分を今は探してみたい。ずっと探し続けていきたい。

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